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野外露出調教は、公然わいせつと背中合わせの危険な快楽。罪に問われず、安全かつ刺激的に野外露出という果実の甘美な味を楽しむ。
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走る車の助手席で露出

 中に乗っている人間が思っている以上に、自動車の車内は外からは見えにくい。窓ガラスの反射もあるし、ドアがついたてになって下半身は、歩行者やすれ違うドライバーたちからはほとんど見えないといっていい。
 
 つまり、大抵の場合は下半身を露出していても、周囲に知られる心配はないということでもある。特に助手席側はドアに遮られて、進行方向左側の歩道から見えることはまずない。右側の歩道からも、ドライバーのハンドルに掛けた腕に遮られて見えにくい。

 また、信号待ちの時も、ダッシュボードがあるため、目の前の横断歩道を渡る人たちからも見えない。すぐそこに人がいる中で女性に下半身を丸出しにさせ、前を向かせて歩行者に顔を見せながらオナニーさせるのは刺激的だ。
 
 ナビゲーターの下半身が見えるアングルは、大きく二つある。一つは、進行方向左側にある建物の2階以上の窓から。もう一つは、進行方向右側にいる車高の高い車の運転席からである。
 
 前者は丸出しの下半身に気づかれてすぐに、ナンバープレートを見て覚えられる危険がある。それと、信号待ちをしている時は、左斜め上から誰かにじっと見られていないかに、十分な注意を払う必要がある。
 
 右側からの視線は、トラックやバスからのものになる。トラックの車高も様々だが、長距離用の大きいものは運転席が本当に高い位置にあるため、助手席の女性の下半身まで見ることが出来る。ダッシュボードがあるため、すれ違う瞬間だけ隠せば大丈夫だが、かなりのスリルが味わえる。
 
 危ないのは、高速の追い越し車線などで右側から追い抜かれる時だ。特にバスが追い抜こうとしているのを気づかずに露出していると、多くの乗客から丸見えという状態になりかねない。なので、2車線以上ある道路での助手席露出は、そこに注意すべきである。
 
 1車線の道路で信号待ちしている場合、自分たちの右側の道から左折車が曲がってくる時も危険である。対向車とすれ違う場合に比べて、互いの相対的な速度が格段にゆっくりであるため、恥毛から陰唇までたっぷり見せてしまうことになりかねない。
 
 
 基本的に性器を見られてはならないし、見せて相手の運転手を事故させてはならない。まあ、それを言うなら、ずり上がったミニスカートで助手席に乗っている女性に罪はないのかという論議にもなるが、ショーツを穿くということは女陰を見せる意思はないと言えるのかもしれない。<よくわからない。
 
 大事なのは、助手席で露出している女性に、顔を伏せることを許さないこと。どこに誰の視線があるかをしっかりと見ていることは、本人の安全のためにも重要だ。ただ、美人は注目を浴びてしまい、普通ならすぐに離れる視線がまとわり付いてきて、結果的に下半身を見られてしまうこともある。
 
 その意味では、サングラスを掛けさせておく方がいいだろう。ただ、サングラスを掛けていること自体が、注目を浴びる要素の一つであるというジレンマはあるけれども。
 
「走る車の助手席で露出」 is posted to 野外露出調教の快楽
at 2011/04/18(月) 11:49:57 | 場所

女性が露出する動機

 女性自身が自ら進んで野外露出するというケースは、実はほとんどない。それは、破廉恥であることが彼女にとって社会的な不利益を生むという理由が、最も大きいのではないかと考えられる。
 
 人には倫理観というものがあり、それは幼少期からの育ちの中で植えつけられる。主に親から、人としてすべきでないことを教えられる。強い弱いの個人差があるが、これが大きく欠落していると、社会生活には不適格であると言わざるをえない。

 女は控えめで、慎ましやかでなくてはならないという教えは、男が主体である近代から現代の社会において、悪目立ちしないことが生きてゆく上での便法だと言っている訳で、野外露出に対する心理的抵抗の根っこにあるのは、生理的な恐怖とともにこの倫理観ではないかと思う。
 
 男性の露出症は散見するものの、女性の露出症はほとんど聞かない。これは、上記のような理由からではないかと思う。つまり、人前で裸を見せることは変態のすることであり、だらしなさの象徴でもある。そういう女は軽蔑され、損をするという意識があるわけだ。
 
 
 この倫理観によるブレーキを上回って、女性が野外露出をする動機はあるだろうか。それは、おそらく三つあると考えられる。(1)注目されたい、(2)被虐願望、(3)パートナーに喜んで欲しい、というのがその動機である。

 最初の「注目されたい」は、野外露出までいかなくとも、大胆なファッションで街を闊歩することで満たされることが多い。なので、それ単独では野外露出に踏み切る動機にまでは、なかなかならない。ただ、容姿にあまり自信が無い女性のケースなどでは、あり得ると思う。
 
 二つ目の「被虐願望」だが、これは無理やり裸で外に連れ出されることや、そこで撮られた写真や動画を人に見られることで、マゾヒズムを満たされたいケースである。本当に無理やりするのは犯罪だが、女性のM性を上手く引き出せれば、野外露出に導けることがある。
 
 最後の「パートナーに喜んで欲しい」という動機は、最初と二つ目の動機を底支えするものとして働く。これだけで心理的抵抗を克服するのは、非常に困難であるが、これがないと真っ当な倫理観を持った女性に野外露出をさせることは極めて難しい。
 
 AV撮影などの金銭的な報酬や、女性に対する脅迫行為が絡む場合は、この限りではないのはもちろんである。
 
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at 2011/04/15(金) 10:12:23 | 動機

嫌悪と恥じらいと恐怖

 やや逆説的だが、調教という言葉を「自分の思い通りに躾ける」と解釈することは、弊害の方が大きいと感じる。辞書には「動物を目的に応じて訓練すること」とある。目的とは何かを最初に考え、それに沿って行動する場合、自分の性的嗜好が必ずしも指針になるとは限らない。
 
 とはいえ、常に主として振る舞い、従者を調教し育てるにはかなりのエネルギーを要する。その動機が、自分の性的欲望であるのは関係の性質から自然である。つまり、従者を自分が満足できる存在に育てたいという想いが、調教を行う直接の動機となる。
 
 「調教」という言葉はサラブレッドの育成過程でも使われるが、それは馬の適性を相談しながら行われる。甘やかし過ぎては、馬の素質を開花させることはできない。一方で、自分がしたい形に押し込もうとしすぎては、馬の良さを殺してしまうことになる。
 
 この兼ね合いというか、時々の見極めが調教師の器量なのだと思う。もちろん性欲や嗜虐欲とは異質だろうが、それぞれの調教師の中に、理想の競馬馬は存在するだろう。SMでいうならば、インナー・スレイブがそれに当たるのかもしれない。
 
 野外露出は、SMの文脈でのみ行われるものではない。女体の美しさを称え、肌に感じる風や陽光の快さをイメージさせ、お前の裸を他の男に自慢したいんだと掻き口説く。その中で行われる和やかな野外露出もある筈だ。
 
 私は、女性が野外露出の実行を躊躇うのは、嫌悪と恥じらいと恐怖、この三つの理由からではないかと思う。つまり、「私は変態じゃない」と「そんな恥ずかしいことは出来ない」と「実際にして、○○になるったらどうしよう」である。
 
 誠意を持って当たれば、嫌悪はたいてい払拭できる。ほとんどの女性は、愛する人の前では素直になれるから。恥じらいも同様。その壁を崩すには、「そんな大胆な姿を見せてくれるのは、ぼくに対してだけだね。わかっているよ」というメッセージを送り続けることだ。
 
 さて、問題は三つ目の恐怖の克服である。相手が何を怖がっているのか、それを見極める必要がある。そして、恐怖は一つではないことも多い。多重に絡み合った怖さを一つ一つ解決してゆくことが、野外露出の実現には不可欠だといえる。
 
「嫌悪と恥じらいと恐怖」 is posted to 野外露出調教の快楽
at 2011/04/12(火) 00:00:12 | 調教方法と手順
 野外露出は、第三者に見られなければ罪にはあたらないものの、わいせつな行為を目撃されると罪になります。親告罪ではありません。実行を勧めはしませんが、もしも露出調教をするなら、危険を自覚し自己責任において十分に下調べをした上で、他者の目に触れないように行いましょう。



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